ページタイトル 日本人があと1時間、せめて30分長く眠れば自殺は減るのでは?

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日本人があと1時間、せめて30分長く眠れば自殺は減るのでは?

 2010年6月30日の時事通信社報によると、 経済協力開発機構(OECD)が29日公表した統計で、2008年の日本の自殺者(70歳未満)が人口10万人当たり475人と、比較が可能な加盟国中、最悪だったことが明らかになった。日本の自殺者は、90年代後半から増加傾向をたどり、08年は61年以降で最悪となった、という。実数においても日本の自殺者は1997年以降急増、毎年3万人を超えている。日本人の睡眠時間の減少幅が小さくなったあとまもなく、すなわち睡眠時間の生理的限界に近付いてまもなく自殺者が急増しているわけだ。そしてこの年の自殺急増は通常、この年に最終的にバブルがはじけたこと(山一証券の2度目の倒産劇が象徴)との関連が指摘されている。通常自殺者数は経済要因の関与が大きいと考えられており、実際完全失業率と自殺者数は関連して変動していた。しかし平成16-19年にかけては失業率が低下しても自殺者数は減っていない。自殺要因の再検討の必要性が指摘されている。
 そこで私は仮説を発表した。日本人がもう少し寝たら自殺は減るのでは、という仮説だ(Kohyama, in press)。やや詳しく説明しよう。心を穏やかにする作用があると考えられている神経伝達物質―セロトニンーの働きはリズミカルな筋肉運動で高まる(Jacobsら、1993)。夜ふかし朝寝坊、時差ボケ状態や睡眠不足では元気が出ず、リズミカルな筋肉運動どころではなくなり、セロトニンの働きが高まらないことが懸念される(神山潤、2010)。そして脳内のセロトニン濃度が低いときには、短期の報酬予測回路がより強く活動(Tanakaら、2007)し、実際に衝動的に目先の報酬(20分後の20円より、5分後の5円を求める)を選びがちになる(Schweighoferら、2008)。睡眠不足と自殺との関連も指摘され(Liu、2004)、自殺した方の前頭前野ではセロトニンが減っている(Leyton ら、2006)。睡眠不足では前頭前野が担っている衝動性を抑える機能が発揮されにくい事が知られ(Yooら、2007)、前頭前野のセロトニンが足りないと、前頭前野が担っている衝動性を抑える機能が発揮されにくい(Tekinら、2002)。つまりセロトニンと自殺と睡眠不足の関係について図のような流れが想定できるのだ。そして、自殺の減少には、このルートの起点である、睡眠不足の解消が重要であろう、という仮説だ。18-64歳の日本人の平均睡眠時間は現在6.4時間と考えられている(神山、2010)。できればあと1時間、せめてあと30分日本人が睡眠時間を多くとれば状況は変わるのではないかと考えている。ではセロトニンを高めておけば自殺をしないかというと、必ずしもそうではない。うつ病の治療としてセロトニンの働きを高める薬を開始した後にかえって自殺が生じることもしばしば指摘されていることも確かだ。短絡思考には要注意だ。
文献
Jacobs, B.L., Fornal, C.A. (1993) 5-HT and motor control: a hypothesis. Trends in Neuroscience,16, 346-352.
神山潤(2010)。ねむり学入門、東京、新曜社。
Kohyama, J. (in press) More sleep will bring more serotonin and less suicide in Japan. Med Hypo.
Leyton, M., Paquette, V., Gravel, P., Rosa-Neto, P., Weston, F., Diksic, M., Benkelfat, C. (2006) alpha-[11C]Methyl-L-tryptophan trapping in the orbital and ventral medial prefrontal cortex of suicide attempters. European Neuropsychopharmacology, 16, 220-223
Liu, X. (2004) Sleep and adolescent suicidal behavior. Sleep, 27, 1351-1358.
Schweighofer, N., Bertin, M., Shishida, K., Okamoto, Y., Tanaka, S.C., Yamawaki, S., Doya, K. (2008) Low-serotonin levels increase delayed reward discounting in humans. Journal of Neuroscience, 28, 4528-4532.
Tanaka, S.C., Schweighofer, N., Asahi, S., Shishida, K., Okamoto, Y., Yamawaki, S., Doya, K. (2007) Serotonin differentially regulates short- and long-term prediction of rewards in the ventral and dorsal striatum. Public Library of Science One, 2, e1333
Tekin, S., Cummings, J.L. (2002) Frontal-subcortical neuronal circuits and clinical neuropsychiatry: an update. Journal of Psychosomatic Research, 53, 647–654.
Yoo, S.S., Gujar, N., Hu, P., Jolesz, F.A., Walker, M.P. (2007) The human emotional brain without sleep--a prefrontal amygdala disconnect. Current Biology, 17, R877-R878.

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