ページタイトル 睡眠不足に関する最近の知見

対象者: 一般向け

睡眠不足に関する最近の知見

 以前「睡眠不足の心身、そして社会への影響」というレポートをこの欄に掲載しました(2008年8月27日)。その後1年以上を経て睡眠不足に関する知見がいろいろと報告されてきています。ここでまとめてみました。11月17日文に加え、以下の最初の段落を23日に追加しました。
 まずは身近な問題です。睡眠時間が短いと風邪を引きやすい、という研究結果が報告されました(
Sleep habits and susceptibility to the common cold. Cohen S, et al. Arch Intern Med. 2009;169(1):62-7. 健康な成人に一般的なかぜの原因ウイルスであるリノウイルスを鼻腔内に投与し、風邪の発症とウイルス暴露前の睡眠時間との関連を見たところ、睡眠時間が少ないと発祥の危険が高まった、という結果です。インフルエンザ予防にもきっと十分な睡眠は重要に違いありません。
 次に睡眠不足とアルツハイマー病との関連です。アルツハイマー病ではアミロイドβという物質が脳に蓄積されてしまうことが分かっています。マウスでの研究成果ですが、遺伝子操作でアルツハイマー病にかかりやすくしたマウスの脳内を観察したところ、アミロイドβが起きている時に増え、睡眠中に減ることが観察されたのです(Kang JE, et al. 2009, Science Sep 24)。さらに起きている時間が長いマウスではアミロイドβの蓄積が進むことや、そのマウスの眠りを増すことでアミロイドβの蓄積が大幅に減ることも観察されました。寝不足がアルツハイマー病発症の危険因子となる可能性が考えられます。
 睡眠不足は脳のリスクといえそうです。では睡眠不足では脳にはどのような変化が起きるのでしょうか?行動としての「眠り」を細胞レベルで解明しようという試みですが、実はこの点に関してはまだまだよくわかっていないことが多いと言わざるを得ません。ただし最近になり興味ある研究成果が少しずつ出始めていることも確かです。2007年に報告された研究成果(Yoo et al. (2007) Current Biology 2007 17 R77)ですが、睡眠不足とイライラとの関係です。睡眠不足ではイライラしがちです。イライラしている時には扁桃体の活動の広さや強さが増すようです。扁桃体の興奮は脳幹部の青斑核に伝わり、実際のイライラとなるようです。ただこの扁桃体 → 青斑核ルートの働きは通常は大脳皮質の前頭前野によって抑えられているようなのです。そして最近の研究では、睡眠不足になると前頭前野の、扁桃体から青斑核へのルートの働きを抑える、という働きが弱まってしまう、ということが指摘されています。睡眠不足ではイライラしやすくなる、ということの脳内メカニズムの一部が解明されつつあるようです。
 眠りとシナプスとの関連も解明され始めました。シナプスは細胞と細胞の情報伝達の場でしたが、起きている間に、ある部位のシナプスが増え、さらにシナプスの働きに関わりのあるいくつかのタンパク質の量が増えることが観察され、そして眠ることで、起きている間に増えたシナプス数やシナプスタンパク質が減ることが、報告されたのです。この二つの論文については「過剰刺激されたシナプスが眠りでリセットされる」というコメントをサイエンス誌では掲載しています(Miller G. (2009) Sleeping to reset overstimulated synapses. Science, 324, 22.)。
 また最近になって睡眠時間が短い方の中に共通する遺伝子の変異が見つかりました(He Y, et al. Science 2009 325 p866)。ヒトにとって必要な睡眠時間に関する様々な研究成果が今後出てくる研究の第一歩かもしれません。病名かどうかについては議論があるでしょうが、長時間睡眠者、短時間睡眠者という言い方があり、従来長時間睡眠者も短時間睡眠者も遺伝的に決まっているのではないかと経験的に考えられてきたことの裏付け、ともいえる研究成果です。ただ短時間睡眠者の割合が最近増えてきていることも確かです。つまり社会的状況の変化によって、ヒトの睡眠時間が減っているようなのです。ただこの睡眠時間の減少がヒトという動物の生存にとって許容できることなのかどうかについてはまだ誰も正解を知らないと思います。



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