ページタイトル 夜泣きの悩み

対象者: 一般向け 医療関係者向け

夜泣きの悩み

 「夜泣き」とは?を決めるのはなかなか難しいですが、「これといった原因もなしに毎晩のように決まって深夜に泣き出すこと」ではどうでしょうか。生後100日前後の赤ちゃんが、午後から夕方にかけて毎日ひどく泣く「コリック」とはおそらくは区別可能だと思います。「コリック」については世界中でいわれていますが、日本で言う「夜泣き」にあてはまるものは日本以外ではほとんどいわれていないようです。眠りに関係した病気の国際分類に従うと、「小児の行動性不眠症」、という堅苦しい名前の中に含まれるのでしょうが、私たちはYonakiとして英文の論文に書いて、日本では大勢の親御さんが悩んでいるんだ、ということを発表しています。
 経験論的には日本の約6割の赤ちゃんが「夜泣き」をします。時がたてば自然によくなる、と一般的には考えられています。でも「夜泣き」の原因はわかっていませんし、夜泣きをすることで赤ちゃん自身にどのような影響があるのかなどについても、きちんと医学的に調べられているかといえば、そのあたりの研究は残念ながらまだほとんど行われていません。一部では確実にご両親の眠りを乱していますが、マタニティブルー対策に比べ、積極的な対応がなされていないという点は大いに気にかかります。「夜泣き」対策は小児科医、産婦人科医、精神科医等の医師と保健婦あるいは地域社会等との協力が今後ますます必要となる分野ではないでしょうか。
 「夜泣き」に対しては、寝る時刻が決まっているほど、少ないことがわかっていますが、治療に関する系統的な検討はほとんどありません。フィラデルフィア小児病院のDr Jodi Mindell は、寝るまでの一定の段取り(入眠儀式)を取り入れることで、夜中に赤ちゃんが目を覚ますことが少なくなることを最近報告しています。注意すべきは入眠儀式の最後の部分には、親子がゆっくりとした時間をともに過ごすこと、が入っていることです。「夜泣き」対策として試してみる価値はあるのではないでしょうか。なお私自身は年長児の「夜泣き」の一部には、寝ぼけに近いものも含まれているのではないかと考えています。一般的に寝ぼけとは幼児期以降に見られると考えられています。
 大多数のヒトの生体時計の周期は24時間よりも長く、これは朝の光によって周期24時間の地球時間に同調します。このシステムは経験的には生後3-4ヶ月までに完成し、その結果朝の起きる時刻、夜の寝る時刻がほぼ一定になります。これを「睡眠覚醒リズムが確立した」といいます。したがってこの時期以前には、睡眠覚醒リズムが毎日多少遅れ、異常ではない生理的な現象として「夜中」に目覚めることも出てくるわけで、これが「夜泣き」と捉えられることも実際にはあると思います。
 睡眠覚醒リズム確立した後の「夜泣き」には、レム睡眠を考得る必要があります。レム睡眠の時には夢を見ているといわれていますし、レム睡眠は毎日ほぼ同じ時刻に現れる傾向があります。いつも同じ時間に泣く場合は夢を見て泣いている場合もあるのかもしれません。
 「夜泣き」というと当然「眠り」に注意が行きますが、食事、周囲の環境、運動も睡眠覚醒リズムに大いに影響します。よい夜の眠りのためには、適切な「食」と昼間の心身の「活動」がなくてはなりません。つまり「夜泣き」が気になったときには「食」や「活動」についても思いをはせることが大切です。腹時計の脳内メカニズムが解明され、ある時刻に食事を摂ったという情報は48時間ほど記憶されていることがわかりました。夜中にしっかりと授乳をしてしまうことも睡眠覚醒リズムに影響してしまうというわけです。ただだからといって断乳をお勧めしているつもりはありません。夜中に急に泣き出した赤ちゃんが、お母さんのおっぱいを含んですぐに寝入ってしまう、というようなことを「夜中の授乳」などといって非難するつもりはまったくありません。これは赤ちゃんを安心させる大変大切な行為だと思います
 以上は「夜泣き」を原因側から見てきましたが、原因にかかわらず「夜泣き」そのものが抱える基本的な問題として、親御さんと赤ちゃんとの間の緊張関係の悪循環、という問題があります。親御さんのイライラは赤ちゃんに伝わり、これは赤ちゃんにおそらくは不安、不快をもたらし「泣き」をもたらすのでしょう。この悪循環を断ち切らないかぎり、うまい「夜泣き」対策とはなりにくいのではないでしょうか。私は「夜泣き」対策の基本はこのイライラの悪循環を断ち切ることで、そのポイントは親御さんが冷静さを取り戻すことにあると考えています。そしてその際たいせつなことが原因の理解にあると考えています。そのためには睡眠日誌を書くなどを通して、親御さんが赤ちゃんの眠りを冷静に客観的に見ることができるようになることも一つのきっかけになるのではないかと考えています。たとえば生後2ヶ月の赤ちゃんの「夜泣き」に悩んだ場合には、睡眠日誌をつけることで、睡眠覚醒リズムが日々遅れることに親御さんが気づくことで、今は赤ちゃんが自分の生体時計を地球時間にあわせようとしている最中にあることを理解し(「いま赤ちゃんは自分の時計を地球時間に合わせようとしているんだ」)、冷静に赤ちゃんの眠り、あるいは「夜泣き」を見つめるきっかけになるのではないでしょうか。また生後6ヶ月の「夜泣き」の場合、睡眠日誌によって、いつも同じ時間に泣くようであれば「赤ちゃんはまた夢をみているんだ」というような理解をできる可能性もあるのではないでしょうか。但しこの記録はあまり厳密につけても意味はありません。気軽にチョットつけてみる、程度にしておかないと、かえって記録することに疲れてしまいます。親御さんが記録することで疲れてしまっては、かえってまたイライラがつのります。それでは逆効果です。くれぐれもご注意のほどお願いいたします。
 また親御さんの精神面をサポートする体制作りも重要です。具体的には悩みを打ち明けることのできる場、人がいることが望まれます。

 ここで「昼間の活動」が「夜泣き」の大きな原因であった可能性の高いお子さんの例を紹介します。
 7カ月の赤ちゃんが夜泣きをするので疲れてしまったと、お母さんが外来にいらっしゃいました。本当に疲れた果てた様子でした。「うちの子は、連続して2時間以上寝ない」とおっしゃっています。お父様も育児には大変協力的で、夜中も一緒に対応するそうです。赤ちゃんの方は、ご両親が二人とも寝てしまっても、一人で遊んでいる、とのことでした。診察したところ赤ちゃんはすこぶる元気でご機嫌でした。体重身長も月齢相当で、赤ちゃんに特に大きな医学的な問題はなさそう、と考えました。
 そこで「昼間はお母さんはどうしているんですか」と伺ったところ、昼間はお母さんは疲れて果てて寝ているということでした。「で、そのとき赤ちゃんは?」と尋ねたところ、赤ちゃんもお母さんの隣で寝ている、とのことでした。
これでは、夜になったからといって眠るのは難しいのではないでしょうか。昼間眠っていて、また夜にも寝ようとしてもそれは無理です。
「お母さん、悪いんだけれど、がんばって、昼間公園につれていってあげて」と話しをしました。もちろんはじめはぎょっとされてしまったが、いろいろとお話しさせていただきわかっていただきました。
 そして3週間後。「夜寝てくれるようになりました」と、お母さん。多少お疲れの様子でしたが、晴れ晴れとした表情で外来にいらしてくださいました。
夜泣きというと、どうしても眠らせることばかりに頭がいってしまいがちですが、昼間動くことが眠るための基本のひとつなのではないでしょうか。そしてさらに言うなら、朝起きたときから、規則的な食事も含め、生活のすべてがその夜に寝るための準備、とも言えるかもしれません。寝る準備は朝起きたときから始まっている、といってはいいすぎでしょうか。ヒトは寝て食べてはじめて活動できる動物です。寝ないで食べないで活動しようとしてもできるわけがありません。逆にしっかり寝て、しっかり食べれば活動できるし、しっかり寝てしっかり活動すればおなかも空いてくるし、しっかり食べて、しっかり体を動かせばよく眠れるのです。この寝ること、食べること、活動することの3つは非常に密接に関係していることを是非知って確認していただきたいと思います。
なおこのお母さんには、お子さんが早寝になったことで、ご夫婦の時間がゆっくりと取れるようになったと、お子さんの昼間の活動の思わぬ効用も教えていただきました。

 次ぎに「食」が「夜泣き」の大きな原因であった可能性の高いお子さんの例を紹介します。
1歳6ヶ月のお嬢さんが眠らない、夜中に何度も目が覚めるとの訴えで、疲れ果てたお母さんが外来に見えました。
「この子は生まれてからこのかた、1時間以上続けて寝たことがありません。」確かに夜中に何回も目を覚ますようでした。そして元気に遊びだしてしまうとのことです。お父様も大変協力的なようで、外遊びもたくさんしているとのことでした。いろいろと話を伺ったのですが、どうにも原因が良くわからず、外来での時間も25分を過ぎたにもかかわらず私もどのようなアドバイスをしていいやら困っていたところ、お母さんがふとおっしゃいました。「夜中に大好きなバナナを手にすると、それを食べ終わるまで横にもならないんです。」そこで私は伺いました。
「夕飯は?」この質問をきっかけにお母さんの別の悩みが明らかになりました。
「この子は好き嫌いが激しいんです。」「好きなものでないと食べないんです。」
「夕飯はどうしているの?」「この子が欲しがるときに好きなものをあげるんです。だからこの子の好きなものをたくさん作っておくんです。」「一緒に食べないの?」「そんなことできません。」
「お母さんはいつ食べるの?」「お父さんが帰ってから一緒に食べます。」
「そのときお嬢さんは?」「横でテレビ見てます。」
「一緒に食べないの?」「食べません。」
「何かお父さんとお母さんが食べているものを分けてあげないの?」「あげません。欲しがらないし。」
 ある新聞記事に「食事をおいしくする最高の手立ては空腹。食べたいものを我慢して、おなかを空かして食べれば何でもとってもおいしいはずです。」とありました。夜中に目を覚ますということで外来にいらしたお嬢さんの問題点はどうも「食」にあるようです。このお母さんは、お嬢さんの好き嫌いが激しいことを大変気にし、「食」へのこだわりがいつの間にかとても大きくなってしまっていたのでしょう。そこでお嬢さんが「食べたい」というとすぐさま食べたいものを差し出す、という形でお嬢さんに食事を与えていたわけです。このお嬢さんには「食卓」の経験がなく、食事を楽しむ経験もありません。お嬢さんには好き嫌いがあるとお母さんは信じきっていました。だから食べてくれるときには、時間も場面も関係なく食べさせてしまっていたのです。それが特別メニューのお子さんのためだけの夕飯であり、夜中のバナナとなっていたわけです。もちろん我慢して空腹になる経験もこのお嬢さんにはまだなかったのでしょう。おなかが空いてはじめて食べ物はおいしくなるのではないでしょうか。おなかが空いた経験のないこのお嬢さんは、おそらくは食事をおいしいと思った経験もそれまではなかったのではないでしょうか。
そこでお伝えしました。
「食卓を囲んで、食事を楽しむようにしてみてはどうですか?」「特別に作ることはないですよ、食事の時間を決め、お父さんお母さんが召し上がっているものをお嬢さんに差し上げればいいと思いますよ。まずは一緒に食卓を囲み、一緒に話をしながら食べてください。ただテレビを見ながらはダメですよ。」
 1ヶ月後。お母さんはものすごいがんばりやさんでした。食事をきちんと3回にし、なるべく家族3人で食卓を囲むようにし、朝も決まった時刻に起こすことにしたのだそうです。むろんお嬢さんは夜はぐっすりと眠ってくれるようになっていました。

 なおお薬については私は漢方薬(抑肝散(よくかんさん)や甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう))を好んで使います。



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