まず様々な概日リズムについて説明します。概日リズム,おおよその一日のリズムです。サーカディアンリズムともいいます。ラテン語でサーカというのはだいたい,ディアンというのが一日という意味ですから,サーカディアンリズムともいいますが,だいたい一日の周期で変化する生理現象がいろいろあるということをまず知っておいていただきたいと思います。
スライド1ですが、申し上げたいのは、ヒトは24時間いつも同じように動いているロボットではないということです。徒競走のスタートラインに並ぶと心臓がドキドキするのはどうしてか,別にみなさんが心臓に動けと命令したから心臓がドキドキしたわけじゃないですよね。自律神経という神経がそのときの状態を調べて上手い具合に調整してくれるから徒競走のスタートラインに並ぶと、或いは走り始めると心臓がドキドキしてくるわけです。この自律神経には昼間に働く交感神経と夜に働く副交感神経があります。昼間に働く交感神経が盛んに動いている時には心臓がドキドキして血液は脳や筋肉にたっぷりいってものを考えたり身体を動かしたりするのに都合がよくなっています。一方,夜働く副交感神経がさかんに働いている時には心臓の働きはゆっくりとなり,血液はおなかにたっぷりといって,おなかは動いて夜寝ている間にうんちが肛門の方へ押しやられていきます。このように昼と夜では身体の中で起きている事は全く違うのです。人は24時間いつも同じに動いているロボットではないということをまず確認していただきたいと思います。
今申し上げた交感神経,副交感神経以外にも昼と夜,あるいはだいたい一日の周期で変化する生理現象がいろいろあります。スライド2です。代表的なのが体温です。体温は朝が低くて午後からは夕方が高くなってきて,また朝は下がって,午後と夕方が高くなる。睡眠覚醒も基本的にはそうですね,昼間は起きていて,夜になったら寝て,また朝になったら目が覚める。ホルモンにも大体一日の周期で変化するものがあります。成長ホルモンは夜寝入って最初の深い眠りのときにたっぷり出てきますし,メラトニンは朝,目が覚めてから14~16時間して夜暗くなると出てくるホルモンです。コルチコステロイドというホルモンもあります。これはストレスホルモンとも呼ばれていてヒトが何かストレスにあった時にたっぷり出てくれないとヒトが生きていけない非常に大事なホルモンです。このホルモンは朝たっぷり出るということが分かっています。朝たっぷり出て午後から夕方が下がってきて,また朝たっぷり出てきます。一日中起きて過ごすということは非常なストレスなのだと思います。そのストレスに対する準備と言う意味で、コルチコステロイドというホルモンは朝たっぷり出るのだろうと思います。
このように交感神経,副交感神経,体温,睡眠覚醒、各種のホルモンと、だいたい一日の周期で変化している生理現象があるのだということを確認していただきたいと思います。そしてこのような概日リズムを呈する生理現象をコントロールしているものが生体時計です。生体時計は誰しも脳の中に持っている時計で,非常に重要な時計です。ですからこの生体時計の性質について知っていただくことが大切です。この生体時計について知っていただくためには睡眠表というものについて知っていただく必要があります。スライド3で睡眠表を説明します。睡眠表は寝たところに線を引っ張ってもらいます。一日が1行です。0・6・12・18・24とあります。夜中の0時,朝の6時,昼の12時,午後の6時,夜中の0時です。一日が1行で寝たところに線が引っ張ってあります。これはあるご家族にお願いして,そのご家族に生まれた赤ちゃんについて出生直後から6ヶ月期までそのご家族の方に観察していただいて,赤ちゃんが眠っているなと思ったところに線を引っ張っていただいて作った図です。生まれたばかりの赤ちゃんは,3~4時間寝ては授乳してまた寝るというリズムです。あまりはっきりしたリズムはありません。三~四ヶ月になると朝の起きる時間と夜寝る時間が一定していきます。おもしろいのが1-2ヶ月のあたりです。眼を細めていただくと線が右下に走るということがおわかりになると思います。これがフリーランという現象です。フリー…自由に、ラン…活動するとなります。何がフリーランしているかと言いますと生体時計がフリーランしているということになります。ご承知のとおり地球の一日というのは24時間ですけれども,おもしろいことに私たちの脳の中にある生体時計の一日というのは大多数の人で24時間よりもちょっと長いということが分かっています。25時間という説もあるし24.2時間という説もあります。いずれにしても大多数の人で生体時計の周期は24時間よりもちょっと長いということが分かっています。平均すると24.5時間程度と最近では考えられているようです。
私があるホールに閉じこめられるとします。そのホールは完璧な遮光状態にあって、外からの光は入りません。そして薄暗くします。時計は全部外してしまいます。すると私は外からの光が入ってこない、時計もない、明るさ(暗さ)は一定、ということになると,地球が24時間で動いていることを知ることができなくなります。すると私自身は自分の脳の中にある生体時計に従って生活を始めます。それは多分24.5時間くらいの周期で動くわけです。そんな私をどなたかが、マジックミラーを通して観察するとします。すると観察していらっしゃる方は周期24時間の地球時間で生活しながら私を観察することになります。すると、私の生体時計の周期で24時間よりも長い分,もし24.5時間で動いているのならば、毎日0.5時間、つまりは30分ずつ私の生活時間帯が後ろに遅くずれていくということが、その方には見てとれるわけです。これがフリーランということになります。最近,ごくごく珍しいのですけれども,生体時計の周期が24時間よりも短い家系の方が見つかってきています。23時間とか23時間半の方なのですけれども,その家系のご家族の方は非常に早起き早寝なのですけれども,その方たちがフリーランする場合には右下ではなく,左下に向かってフリーランすることになる、ということはちょっと考えていただければ,おわかりいただけるかと思います。ただ,現実には私はフリーランしていません。なぜかと言えば,毎日,自分の生体時計の周期を短くして地球時間にあわせているからです。それは何も私が無理をしてやっているのではなくて,私もみなさんも子どもたちもみんな,やっているわけです。無意識のうちに。そのときに何を使っているかというと,それが朝の光、ということになります。だれしも無意識のうちに,朝の光を浴びることによって周期が24時間よりも長い生体時計の周期を短くして地球時間にあわせる、ということをやっているということになります。
スライド3の右側の睡眠表の方は、ずっとフリーランしています。どのような方かちいうと、実は生まれながらにして視覚障害,目の不自由な方なのです。目が不自由であるために光刺激が脳に入らないわけですね,そうすると,このようにずっとフリーランする場合がある、ということが分かっています。このようなことからも,光が生活リズムを整える上で重要だ、ということをおわかりいただければと思います。
こういうことを分かって,左側の睡眠表をもう一回見てみます。そうすると生まれたばかりの赤ちゃんはまだ生体時計が動いていなかった。生後一ヶ月すると生体時計が動き出すけれども,朝の光を使って生体時計の周期を短くする,同調あるいはリセットということがまだできなくてフリーランしている。生後三~四ヶ月になると朝の光を使って生体時計の周期を短くする,同調あるいはリセットというのができるようになって朝の起きる時間と夜の寝る時間が一定してくる,こういうことになります。こういうことが分かるとですね,みなさんよく耳にする「子どもは夜になったら寝るものだ」というフレーズに根拠のないことがおわかりいただけると思います。生後一ヶ月の段階でもう右下に向かってフリーランしているわけです。右下に向かってフリーランするということは夜ふかし朝寝坊の方がしやすい身体のつくりになっているというわけです。ですから生体時計の周期を考えれば,「子どもは夜になったら寝るものだ」などとは言えないことがお分かりいただけるのではないでしょうか。ではなぜ「子どもは夜になったら寝るものだ」などと言われるようになったか,これはですね,何も子どもさんに限ったことではなく,みなさんも経験的におわかりだと思いますけれども,昼間,身体を動かして疲れたら,だれだって早く眠くなるということではないのでしょうか。要するに昼間の活動量が問題だということになります。ただ,今の日本の子どもたちが昼間たっぷりと身体を動かして夜,夕飯を食べるか食べないかのうちに,バタンキューと眠れる状況かというと,なかなかそれは難しいだろうと思います。交通事情だったり,不審者の問題だったり,ゲームとかメディアの普及,いろんな要素はあると思います。ただ,いずれにしても「子どもは夜になったら寝るものだ」というのは決して正しいわけじゃなく言い換えるとすれば「身体を動かして疲れたらだれだって早く眠くなる」ということの反映だということをおわかりいただければ、と思います。
スライド4です。眼があって鼻があって口があります。大脳があって,小脳があって,脊髄です。眼と眼の間の奥に視交叉上核という場所があります。ここに時計があます。目覚まし時計は脳にあるのです。ヒトのリズムをコントロールする時計は一日24.5時間。この脳の視交叉上核が毎朝,太陽の光を認識することによってリズムを一日24時間に調節しています。もちろん光が直接ここに入るわけではなくて光刺激は目から入って網膜で神経のインパルスとなって視交叉上核へ伝わるのです。
ちょっとわかりにくいスライド5です。最上段は体温が24.5時間で動いているところを示してあります。体温が24.5時間で動いている時に真っ昼間に光を浴びても、この光の影響で,体温のリズム,つまり生体時計が影響を受けることはありません。ところが中段では、最低体温の直後,朝光を浴びます。するともともと24.5時間の周期の位相が前進、周期が短くなって周期が24時間の地球時間に合う。これが先ほどからお話ししている,朝の光による同調作用ということになります。ところが,最下段では、最低体温の前,つまり夜光を浴びています。するとこれは夜なのに明るいわけですから,生体時計が昼間だと勘違いしてしまう、と理解していただければ,わかりやすいかもしれませんが,夜,光を浴びてしまいますと,もともと24.5時間の周期の位相が後退して周期はさらに長くなって,25時間にも26時間にもなってしまうようなのです。つまり,夜光を浴びると地球時間と生体時計とのずれがどんどん大きくなってしまうということになります。じゃあ,そのずれはどうやって治したらいいかというと,それは朝光を浴びればいいというわけですけれども,夜ふかししているとついつい朝寝坊しがちです。つまり夜ふかし朝寝坊では,この生体時計の周期を短くするのに重要な朝の光を浴び損ねがちになってしまいます。つまり,夜ふかし朝寝坊では生体時計と地球時間とのずれがどんどん大きくなってしまうということになります。生体時計と地球時間とのずれが大きくなるとどうなるか,これは,言ってみれば時差ボケのような状態でとても体調のよい状態とは言えなくなるということになります。なお余談ですが、夜ふかし早起きでは睡眠不足になってしまうので、これまたよろしくないということになります。
なぜこのようなことが起きるんだ,とお思いになるかもしれません。人間はなんでも進歩してなんでも自分の思うようにやるようになってきました。ところが,残念ながら,視交叉上核にある生体時計の神経細胞の光に対する感受性に関しては,人間は全く無力です。ヒトは朝光を浴びると,視交叉上核にある生体時計の神経細胞の周期が短くなって,地球時間に合う。そういう風にプログラムされている動物である。そう理解していただくしかないということになります。ついついみなさんは睡眠時間だけとってれば,いつ寝てもいいんだろう。こういう風にお思いになる方も多いかと思いますけれども,こういったことからもヒトは夜暗くなったら眠り,朝明るくなったら起きるということが大事なわけです,睡眠時間だけとってればいつ眠ってもいいとは決して正しくないんだということをちょっとお感じいただければと思います。
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