ページタイトル 生体時計を考慮した生き方(Biological clock-oriented life style)。

対象者: 一般向け

生体時計を考慮した生き方(Biological clock-oriented life style)。

 夜ふかしをして何がいけない、とよく聞かれます。眠るなんてもったいない、とよく中学生や高校生に言われます。エジソンが白熱電球を灯したのは1879年10月21日です。当時の人々はこれで人類は24時間いつでも活動できると、率直に喜んだのでしょう。しかしそれから130年近くたった現在、夜の光がヒトに与える悪影響が次々と明らかになってきています。4つにまとめました。
1)時差ぼけ:大多数のヒトで周期が24時間よりも長い生体時計の周期は、朝の受光で短縮するのですが、夜の受光では延長します。つまり夜の受光増加と朝の受光減少で、生体時計と地球時刻との同調が損なわれ、概日リズムを呈する様々な生理現象の相互関係が破綻し、不適切な時期に眠気と不眠が生じ、疲労し、食欲や意欲が低下し、作業能率は低下し、活動量が低下するのです。
2)明るい夜:明るい夜の悪影響は三つあります。一つは前項で述べた生体時計の位相後退で、二番目はメラトニンの分泌抑制です。メラトニンには抗酸化作用、眠気をもたらす作用、性的成熟の抑制作用があり、1-5歳の頃に生涯で最も分泌量が高まることが知られています。私は子どもたちはメラトニンシャワーを浴びて成長する、といっています。メラトニンは夜間暗期に分泌されますが、光は分泌を抑制します。三番目の悪影響は夜間の受光による生体時計の機能停止という最近の知見です。
3)睡眠不足:夜ふかしでは睡眠時間は減ります。睡眠時間を4-6時間に制限すると認知機能が低下、約2週間でそのレベルは丸二日間徹夜したと同程度にまで低下します。急性の睡眠不足は耐糖能を低下させ、交感神経の緊張を高め、インフルエンザワクチンの抗体価上昇を阻害します。慢性の睡眠不足はインスリン抵抗性を高め、2型糖尿病や肥満の危険を高めます。睡眠不足では脳機能も身体機能も低下し、意欲も低下し、生存の質が低下するのです。睡眠不足は様々な重大事故も引き起こします。睡眠不足は命のリスクなのです。
4)運動不足:夜ふかし朝寝坊で時差ぼけ状態に陥ると運動量が低下します。運動不足は肥満をもたらし、アルツハイマー病や慢性疲労症候群罹患の危険を高めます。リズミカルな筋肉運動(歩行、咀嚼、呼吸)と朝の光はセロトニン系の活性を高めますが、セロトニン系の活性低下はイライラ感、攻撃性や衝動性の高まり、社会性の低下との関連が指摘されています。

 日本は世界で唯一、週の労働時間が50時間を越える労働者の割合が25%を超える残業立国です。また日本人の睡眠時間は総務省の調査でも年々減少、その結果は毎日新聞では「寝不足で懸命に働く日本人」とまとめられています。しかし2004年の世界銀行の調べでは日本の労働生産性は先進7カ国で最下位、OECDの平均をも下回っています。つまり日本人は睡眠時間を削って残業をし、極めて効率の悪い仕事をし、子どもたちと接する時間を放棄しているという仮説が考えられてしまうのです。大人が自分の責任で夜ふかしをし、自らの心身の状態を損なうことをとやかく言う気はありません。しかし子どもたちは生活習慣を自ら形成することはできません。無防備な子どもたちを自らの生活習慣に引き込んで、子どもたちの潜在能力を貶めることだけはしていただきたくないのです。確かに勤勉な日本人は夜ふかしの問題点を知らなかったがために残業を受け入れている、という側面もあるかもしれません。しかしこの無知は子どもたち、つまりは未来に対する罪ではないでしょうか。無知で無節操な現代日本の大人は、子どもたちと向き合う時間を放棄し、子どもたちにface to faceの直接の対人関係を奪うケータイを与え、夜遅くまで塾通いをさせているのです。生物学的な弊害の被害者は子どもたちです。
 多様性、個人差は当然ありましょうが、朝の光を浴び、昼間に活動し、夜の光を浴びないことで、ヒトはその潜在能力を最大限に活用できるようプログラムされている可能性が高いのです。そのとき「心」も適切に育つと私は想像します。もっとも理想的な「心」があるとも私は考えてはいません。動物学者の長谷川真理子氏によると、霊長類が昼行性の生活パターンを身に付けたのは約3800万年前とのことです。もちろん人類の登場は500万年前或いは300万年前、あるいは5万年前といわれています。3800万年前から人類が存在していたわけではありません。しかし人類の遠い先祖である昼行性の哺乳類の脳には、3800万年前からここで紹介したような光に対する仕組みが備わっていたと考えるのが合理的だと思います。
 たしかに人智はすばらしい。また人は社会的な動物です。しかしその前にヒトは周期24時間の地球で生かされている動物だという謙虚さを忘れては人類に未来はないと思います。生体時計の無視・軽視(夜ふかし朝寝坊)は不都合な真実です。今こそヒトは生体時計を考慮した生き方(Biological clock-oriented life style)を模索するべきです。
 2008年7月4日に北海道大学サステナビリティウイーク2008 G8サミットラウンド シンポジウム「環境と健康  変動する地球環境と人の暮らし」
のシンポジウム 24時間社会と健康 不眠社会への警鐘 で神山が「子ども(=未来)を蝕む夜ふかし国家」と題する話をさせていただきました。その際のスライドを一部変更の上PDFで添付します。ご参考になればと思います。

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