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2022/01/11

文藝春秋 2022年2月号 から

民主主義という幻想 藤原正彦著
私たちが中国を許せない真の理由は、専制主義ではない。誠実、惻隠(弱者への同情、共感、涙)、卑怯を憎む心などの決定的欠如、すなわち武士道精神の欠如である。

創業の精神 坂本政謙著
自分を、自分がこれまでやってきたことを現状に照らして検証し、何が求められているのかを考える。行動への起点はそこにある。

「人新世の『資本論』」に異議あり 先崎彰容著
(我々が取り組むべき問題は)人間が人間に語りかける際、自己陶酔という魔物に飲み込まれる瞬間があること、それを凝視すること。
(気づくべきは)人間が非合理的な生き物であること。
「不断の動揺」という言葉のうちに、「近代的人間像」がはっきりと描かれている。

神山の独り言;講演や講義では繰り返し伝えるようにしています。「神山の言うことを頭から信じたりしないでください。あのおっ(じい)さんの言っていること、ほんとかいな?と必ず疑ってみて」

ポストコロナの生命観 山極壽一x福岡伸一
人類は言語や科学といった論理(ロゴス)の力によって自然(ピュシス)を細かな要素に分け、因果律を見出してきました。
人類はロゴス化されたものを絶対視するあまり、ピュシスを感じることを蔑ろにしてきた。
自然の一部であるわれわれの身体。
ピュシスの声を聞けなくなった人類は、種として存続するには非常に危険な状態。
(科学は)動きを「止めてみる」ことに集中してきた。
デカルトは「我思う、故に我あり」から出発して要素還元論を唱え、それが近代科学の礎となりました。それに対し、西田と今西は「我感じる、故に我あり」とし、脳の理性ではなく身体性をもって自然を感じることが重要であると主張しました。
デカルト以来、欧米では理性が優位で身体が劣位と考えられてきましたが、理性で考えることと身体で感じることの区別はできないのだと思います。われわれは理性で判断することもあるけれども、とくに身体の動きが伴う場合は、ロゴスでは制御できない感情がその判断の必ず影響してきます。
今西は欧米の計量主義を認めませんでしたからね。数値に落とし込むことが嫌いだったために、エビデンスを示せなかった。
教育や研究を含め、文化的活動をする際は、ロゴスの力がどうしても必要です。ただ、「ロゴスの檻」に入ったままでは、ピュシスの大事な側面を忘れてしまうということに、私たちは自覚的でなければならない。そのためには、自分の生命を自然の一部として実感すること。自分の鼓動や呼吸、脈拍など、身体が発している声に耳を澄ませることが、ピュシスを感じることに繋がるのではないかと思います。
私たちそのものが自然なのですから。

神山の独り言;100%同感!




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